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健康とか予防接種とか [健康]

誰も立ち寄るものはいないかもしれないほど、何年も更新していなかったブログですが、それでも偶然に立ち寄った人たちへ。あけましておめでとうございます。
昨日、地元の神社へ初詣に行ってきました。その神社付近は大渋滞が予想されたので電車で行きました。それにしても寒かったー!! ものすごく寒かった。あまりに寒くて、神社まで行く道すがら、暖かい甘酒を2杯も飲んでしまった。甘酒は身体に良さそうだし——その甘酒の店の看板には「甘酒は飲む点滴」と書いてあった。別の店先には、「飲む抗生物質」といあった。誇大広告ではないか?と思いつついずれにしても身体にいい(かもしれない)ということだな、という感覚もあって——飲んでみたわけだ。実際、身体はかなり暖まった。ありがとうございます。

「身体に良い」といえば、最近気になっているのがインフルの予防接種である。この予防接種は本当に意味があるのだろうか?ということである。
「極度の予防接種教信者」の人は、「予防接種をすればインフルエンザには罹患しないし、それは翌年に予防接種するまで効果が持続する」と信じているらしい。しかし、それはいくらなんでも間違っている。解説する必要もない。
「軽い予防接種教信者」の人は、「予防接種をしてもインフルには感染することがあるが、高熱を発するなどの“ひどい症状”になることはなく、例えば、体温が38度台で収まる」のだそうだ。しかし、それは違う。正確に言えば「症状が軽くなることがある」のであって、「必ず症状が軽くなるわけではない」のだ。

面倒だから頻度主義確率が正しいかどうかなんて議論はさておくが、一応、俗に言う「罹患確率」とやら(ただし頻度主義確率)は、予防接種をすれば低下するかもしれないことを示唆している(らしい)。だが、予防接種をすると、罹患する「確率」が低下するだけであって、非常にゼロに近いところまで確率が低下するわけでなない。

人間は、とかく、確率なるものを「ゼロ」か「1」(あるいは100%)のどちらかだ!と判断をしがちなので、これ以上あれこれ言ってみても殆ど実生活には役に立たない。

おまけに、この「確率」とやらは、頻度主義者が「実証できた」と主張する人たちだけの見解だ。だから厄介だ。過去のデータで得られた発生頻度が、将来もまず同じだろう(強定常性または弱定常性を仮定)すること自体が、大きな前提、つまり過去におきたことは、きっと将来も同じ頻度で起きるに違いないという信念、宗教のもとで確立された、頻度主義者による「確率」の概念なのだ。いずれにしても、ワクチンだの「予防」だのと売り込んでみても、やられるときはやられる、やられたときは薬でおさめる、ということであれば、予防接種は不要とも言える。

今後やってほしいことは、毎年毎年、インフルの予防接種をした人と、しなかった人の罹患率の比較をテレビも使って説明し、「それでもインフルの予防接種をしたい人はどうぞ。でも、この程度の効果しかないなら必要ないと判断した人は、しないでもいいと思います」という、個人個人のリスクへの対応の判断を強く求めるのがいいだろう。「もし罹患した場合には、こういう対処法になります」ということも説明する必要もあるけどね。

なんで正月早々こんな話をするかといえば、我が娘が予防接種をしたにもかかわらずインフルに罹患し、40度程度の高熱を発したからだ(もう回復しているが)。そして本日飲み過ぎているからだ。

予防という名の下に、本当に意味があることと、実は意味がないけど慣性の法則のような効果が働いて伝統的に漫然とやっていることがあるかもしれない。もちろん、それらが何らかの「既得権益化」された事象ではないことを祈る。詳しい人がいれば、そういうことももう一度考えて説明してほしい。結局、俺たち素人には良く分からないのだから。

新年早々変な話になってしまったが、本年もどうぞよろしくお願いします。

おやすみなさい(今日は飲み過ぎました)
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